2012年7月 – 自治体(横浜市)での採用事例

地域密着型教育啓発への実践取り組み 自治体(横浜市)での採用例

 子どもネット研では、2011年度の後半、第三期調査研究活動のテーマ「子どもたちの安全なインターネット利用を支える保護者向けの教育啓発のあり方」の実態調査や理論的検討と並行して、その趣旨に賛同いただいた自治体の協力を得て、「地域密着型教育啓発講座」の実践にも取り組みました。 子どもネット研が横浜市と協働で行った実践例をインタビューとともにご紹介します。

 

子どもネット研の教育啓発に関するこれまでの取り組み

携帯電話実機を受講者が実際に操作するワークショップ型研修会

写真:2009年には携帯電話実機を受講者が実際に操作するワークショップ型研修会も開催(当日の様子

 「青少年インターネット環境整備法」が国会で成立した2008年頃から特に盛んになった「子どものネット問題」に関する教育啓発ですが、現実には「子どもへの直接的なアプローチ」が中心で、「保護者向け」は補助的といった偏りが見られる上に「全員参加」を前提とした「イベント型講座(座学)」が目立ちました。

 

 そんな中、子どもネット研では研究会の設立以来一貫して「保護者が事態と課題を正確に理解すること」の重要性に着目し、予備知識の少ない一般の保護者が課題を読み解くためのモデルづくりや、保護者向けに特化した教材の提供や教育啓発の実践に取り組んできました。

 

 教育啓発の実践にあたっては、全国高等学校PTA連合会や東京都小学校PTA協議会の協力を得て、イベント型の講座に加え、受講者が携帯電話の実機を操作する「体験型」カリキュラムを新規に開発するなど、主にコンテンツでの改善や運営面での工夫を積み重ねてきました。

 

 しかし、こうした保護者向けの働きかけにおいては、そもそも、研修会や講座への参加者を増やすことに難しさがあり、当日受講いただいた方一人一人の力をつけることは出来ても、団体や地域全体として見た時には、課題への理解や対処行動の底上げは容易ではありませんでした。

 

 2011年度、これまでの反省と、子どもネット研第三期の委員による議論を受け、子どもネット研では、それまでの「都道府県単位」の対極とも言える、「学区単位」での教育啓発事業の実践に取り組むこととしました。これは、極力狭い範囲に一定以上の割合の「少し詳しい人」を作ることが出来れば、リアルな人間関係の中で、いわば「ネットワーク効果」が働き始め、団体や地域全体の底上げや、より継続的な教育啓発効果が期待できるのではないかという仮説に立ったものです。

 

 2011年度は、その趣旨にご理解をいただいた横浜市こども青少年局が主催する、地域主催の学習会「思春期キャラバン」の一環として、市内三か所のそれぞれ中学校区で「ケータイ・ネット問題」に関する保護者向けの教育啓発講座として、「ネットサポーター養成講座」を開催することになりました。

 

 

 

2011年度下期・横浜市(本牧地区)での実践例

 今回はこのうち、大綱中学校区(港北区)や西谷中学校区(保土ヶ谷区)とともに、「ネットサポーター養成講座」を開催された本牧地区(中区:2中学校+4小学校)での取り組みについて、その中心となられた横浜市立大鳥中学校の校長先生と横浜市役所のみなさんに、協働講座開催のねらいや実施後の手応えなど、具体的なことをお聞きしました。(聞き手:高橋大洋、インタビュー写真:佐川英美)

 

【プロフィール】

横浜市立大鳥中学校 校長  斎藤宗明先生
横浜市こども青少年局 青少年部 青少年育成課  加山操様
横浜市教育委員会事務局 指導部 人権教育・児童生徒課 首席指導主事  水木尚充先生
※部署名、役職等は取材日(2012年7月11日)時点のものです。

 

子どもネット研との恊働講座は、どのような内容でしたか?

 本牧地区では、11月下旬から3月中旬までの期間の平日に計4回、保護者向けの連続講座を開催しました。対象となったのは大鳥中学校と本牧中学校、そして同じ地区内の小学校4校の、主にPTA関係者です。会場は、大鳥中、本牧中の敷地内にある、コミュニティハウスをお借りしました。

 

 講座は、インターネットは子どもたちの将来に欠かせないという視点から、メディアとしてのインターネットの特徴と可能性に触れた後、子どもたちの利用の実際や、コミュニティサイトの構造と収益源、利用リスクと対策といった切り口で、保護者が知らない「問題の背景」について、講師から解説を受ける形でした。

 

 これらの説明とともに、実機の画面投影でサイトのようすを実際に体感したり、受講者アンケートなどで寄せられた質問に関し、次の講座の冒頭で講師からの解説が加えらたりすることで、予備知識の乏しい受講者でも、十分についていける進行になっていました。

 

 何よりも特徴的だったのは、上手に絞り込まれたテーマについて、いわば「基礎固め」が前半に行われた上で、後半では受講者が少人数のグループに分かれ、お互いの現状や悩み、失敗談などについて情報交換を行う時間が、比較的たっぷりととられていた点だと思います。その結果、受講者同士の心理的な垣根が消え、講座が終わった後でも「子どもとネットの問題」という、比較的デリケートな話題について、地域内で大人同士が情報交換や助け合いが出来る素地が生まれるきっかけになったのではないかと感じています。

 

 また学校側からも、「保護者の皆さんは●●をしてください」と決めつけるのではなく、子どもたちのことを第一に考えた時に、学校と地域で何が出来るのか、一緒に考え、進んでいきたいという点について、事実を交えてなるべく率直にお伝えするように意識しました。こうした取り組みの結果、この一連の講座について、受講者の皆さんからの評価が「良かった」が78.8%、「まあ良かった」が17.6%と、全般的に高い結果となりました。

 

今回の講座開催を決断されたのはどうしてでしょうか?

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写真:本牧地区での地域密着型教育啓発事業の推進軸となった大鳥中学校の斎藤校長先生

 インターネット利用に関わるトラブルについては、程度の差こそあれ、どこの学校でも悩みを抱えているものです。とはいえ学校としては、インターネット上に表れる問題だけに目を奪われているわけにはいきません。トラブルを起こす生徒自身やその周囲には、いろいろな問題が複合的に隠れていて、インターネットにはその結果が噴出したという因果関係がほとんどと見ることができるからです。

 

 また、インターネット問題を含め、子どもたちを取り巻くさまざまな問題に総合的に取り組むためには、学校が全てを引き受けてしまうことは望ましくもなく、現実的でもありません。各家庭や地域とのつながりや恊働が何よりも大切です。

 本校ではそうした観点から、地域の関係者の支援を得ながら、既にさまざまな取り組みを始めていました。ただし、インターネット問題に特化したものについては、具体的な動きはまだ手つかずだったというのが正直なところです。

 

 こうした経緯から、こども青少年局及び市教委から紹介された「インターネット利用問題について、保護者向けの教育啓発を地域単位で集中的に行う」という子どもネット研の取り組みについては、基本的に歓迎すべきものと思えました。

 

市としては、今回の講座開催にどのような期待がありましたか?

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写真:こども青少年局の立場から、開催地の学校側と子どもネット研の間の橋渡しや調整などに尽力いただいた加山様

 子どもたちの健やかな成長のためには、学校と家庭・地域とのバランスが何よりも大切です。学校に任せきりだったり、その逆に家庭に任せきりだったりの逃げ腰ではうまく行かないのはもちろん、どちらか一方だけが一生懸命ということでも、決してうまくいきません。

 最近ではなかなか難しいことですが、理想は周囲の大人たちがみな、子どもたちを取り巻く問題に対し知識を共有し、協力し合っていけることが大切だと考えています。

 

 その意味で今回の講座は、あくまでもネット利用という切り口ではあるものの、こども青少年局としては、出来ればもっと広く「地域全体で子どもたちを見守る」仕組みづくりのきっかけになればいいという期待がありました。

一方、これまで地域の方からは「学校が開催するいろいろな講座は、一つ一つはとても有意義だが、その後、地域の取り組みとして発展せずに終わってしまうことが少なくない」という意見もいただいていました。

 

 確かに地域全体で課題を共有しても、それで終わってしまうのは非常にもったいないことです。なるべくならば、家庭や地域とともに、学校や行政がともに取り組みを継続させ、根付かせていける形が理想と考えていました。

その意味で一過性の講座ではなく、効果が継続することを目指したいという子どもネット研の提案には、協働の価値があると考えました。

 

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写真:本牧地区で行われた講座の様子

 

開催地域の選定はどのように進んだのでしょう?

 こども青少年局では、子どもネット研からの提案を受け、市内のどの地域で開催すべきかを教育委員会事務局に相談しました。

 「子どものネット問題」は、単発の講座であればとても人気のあるテーマですが、今回は保護者向けに特化しており、また複数回の連続講座となると、受講者の負担も決して小さくありません。

 そこで教育委員会に、特に情報モラル教育への理解がある学校や地域を紹介してもらいました。おかげさまで、開催三地区ともとても熱心で、講座開催の意義についてもすぐに理解が得られましたので、その点での苦労は大きくはありませんでした。

 

講座開催の様子をご覧になっていかがでしたか?

 講座が始まるまでは、これまでにあまり例のない、実質4か月もの長期間に渡り、しかも4回続けて受けて初めて意味のある講座ということで、忙しい保護者にとっては負担感が大きすぎるのではないかと心配しました。
実際には、各回ともコンスタントに20名以上の参加があり、また毎回の参加者アンケートの結果も好意的なものが多かったのでホッとしました。中には、1、2回目の講座の評判を聞いて、途中から参加されるようになった方もあり、たとえ重たい構成であっても、この問題についての正面からの取り組みについて、地域の保護者の関心やニーズが潜在的にはまだまだ高いのだということを改めて感じました。
また、この講座の受講をきっかけに、PTA活動などの地域での子育てに、以前より積極的に参加されるようになった保護者もいらっしゃると聞きました。「地域全体で子どもたちを見守る仕組みづくり」という大きな目標の面でも、手ごたえを感じることが出来ています。

 

今回の講座の特徴はどんなところにあると感じられましたか?

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写真:教育委員会の立場から講座の成功をサポートいただいた水木首席指導主事

 前半はインターネット利用に伴う、トラブル実例を紹介するだけに終わらず、子どもたちの利用の特徴(大人の利用との違い)や、実際に人気のあるサイトのサービス要素や収益構造など、現状と課題について、普段利用していない大人にも分かる解説で、受講者の気づきを自然に促す流れになっていました。
また後半では状況を知るだけで終わるのではなく、普通の大人が「具体的に出来ること」についても、いくつかの切り口からヒントや実例が示されていました。
特に講座のスタイルが座学一辺倒でなく、参加者をいくつかのグループに分けて、お互いの悩みや不安を共有する時間が多くとられていたのが印象的でした。
グループワークの進め方も、その場での議論の活性化を期待するだけでなく、参加同士の交流を深め、講座後に、地域内での保護者間のネットワークが形成されることに重点を置いたもののように感じられました。
特定の結論を押し付けないということで、むしろ参加者の間には、自分たちの問題であるという自覚を持ってもらう効果があったと思います。
「何をすべきなのか」「何が出来るのか」と、講座終了後もその場に残り、ディスカッションを行うグループがあったことは、地域全体での子どもの見守りという、大きなテーマに沿った貴重な収穫だったと感じています。

 

今後の展開について教えてください

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写真:本牧地区で行われたグループワークの様子

 この問題は単年度限りの事業では十分な効果を上げることは難しく、当面の間、継続的な取り組みを続ける必要があります。
 狭い地域単位で一定数のネットサポーターを養成するという今回のアプローチも、スタート地点に立ったに過ぎません。
 子どもネット研をはじめとする専門家の支援を受けながら、地域での取り組みが継続できることが望ましいと考えています。
 もちろん、将来的な全市向けの展開まで想定すると、今回のような事業に対して、市役所側がどのような立ち位置で関わるのかについては検討と調整が必要でしょうが、学校側としては今回の火を絶やすことはしたくないところです。
スマートフォンの急速な普及など、子どもたちを取り巻くインターネット環境の変化は著しく、少なくとも昨年度の受講者向けのフォローアップが必要と考えています。

 

 

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