2015年8月 – 自治体(秋田県教育委員会)での採用事例(前編)

2015年度秋田県教育庁での実践例

秋田県教育委員会では、子どものインターネット利用問題に対してさまざまな取り組みを進めています。そのうち、保護者など地域の大人を主な対象として平成25年度に始まった教育啓発の取り組みが「大人が支える!インターネットセーフティの推進」です。二年目となる平成26年度が終わろうとしている3月中旬、秋田県教育庁 生涯学習課 社会教育主事の森川勝栄様と、保護者向け連続講座の受講者の島田真紀子様にお話を聞きました。

(聞き手:高橋大洋/子どもネット研事務局)

※部署名、役職等は2015年8月31日時点のものです。

 

はじめに、秋田県での取り組みの体制についてあらためて教えてください。

 

写真:お話をお聞きした森川様(左)、島田様(右)

推進委員会初回の様子

写真:初年度の推進委員会の様子

【森川】平成25年度から3年間での秋田県の取り組み全体を「大人が支える!インターネットセーフティの推進」と呼んでいます。実施主体は県教育委員会ですが、行政だけの取り組みではなく、県PTA連合会や「子どもネット研」など民間との協働で進めているところが特徴です。青少年のインターネット問題対策にはいろいろな当事者で協力し合うことが必要です。県内外の関係者、学識者、行政の各部署が参加する「インターネットセーフティ推進委員会」を年二回開催し、協議や報告、情報共有の場としています。

 

取り組みの具体的な内容の説明をお願いします。

写真:県庁出前講座の様子

 

【森川】取り組みの名称は「大人が支える!〜」としていますが、実際には大人「を」支える取り組みということになりますね。大人を対象とした教育啓発を、おおまかには三つ組み合わせて進めています。

 

その一つ目は、「県庁出前講座」です。もともと秋田県には、県庁のさまざまな部署の職員が、県内の学校などに出向いてそれぞれの専門分野について講座を行う仕組みがあります。その一つとして、生涯学習課では「子どもたちのインターネット健全利用」という講座を以前から提供しています。この講座への出前のご要望が年々増えていて、今年度は既に130回以上実施しました。受講者数は昨年と比べて2倍以上の年間1万6千人を越えています。

生涯学習課の中でも、この講座を担当できる職員は、ほんの数年前まで県庁勤務の一名だけだったのですが、現在は県内五カ所の教育事務所・出張所に勤務する社会教育主事も含めた複数名で講師を務めています。

 

写真:メールマガジンは県庁ホームページでも見ることができる

二つ目は、保護者に直接届く教育啓発コンテンツの提供です。メールマガジン用のテキストデータとホームページ上での詳細情報を生涯学習課で作成して、市町村教育委員会経由で学校などに提供しています。その後、学校からメールで保護者に配信することで、集合型の研修会に足を運ぶことが難しい方にも最新の注意点を知ってもらうことがねらいです。メール配信が出来ない学校や園では、印刷したものを保護者に配布しているケースもあります。盛り込める話題はせいぜい一つか二つですが、子どもネット研の協力を得て、既に複数のコンテンツを提供しています。

 

写真:地域サポーター養成講座の様子

そして三つ目が、「大人が支える!…」の核とも言える「地域サポーター養成講座」です。中学校区程度のコンパクトな地域内に、「少し詳しい大人」を増やすことで、効果が長続きする教育啓発を展開することがねらいです。

原則として一回完結の「県庁出前講座」とは違って、じっくり学べる連続開催型の研修会スタイルになっていることが大きな特徴ですね。

平成26年度は一回あたり2時間の講座を計四回受講いただく形で開催しました。時間を長くとっている分、毎回の講座の中にグループワークがあったり、質問や疑問を次回の講座で講師が解説するなどの、双方向型の運営が可能になっています。子どものインターネット問題対策としては、まだ珍しいスタイルの教育啓発手法ですので、まずは県によるモデル開催という位置づけです。毎年、県内三つの地域から、二つずつの中学校区を選定し、年間6中学校区で講座を開催、三カ年の事業の間に県内を一巡するという計画です。

 

はじめに、秋田県での取り組みの体制についてあらためて教えてください。

森川先生C

写真:事業全体の企画運営を担当されている森川様

【森川】そうですね。大人の学びには青少年向けの学校教育とは色々な違いがあります。興味関心や学習意欲の高い方と低い方に一律の学習機会を提供しても、うまく機能しないんですね。行政や学校が大人に効率よく情報を伝えようとすると、手段は大人数型の集合研修に偏りがちです。そしてより多くの方に参加いただこうとすると、どうしても短時間での開催になります。熱心な方は毎回のように参加されますから、そのうち同じ話の繰り返しで物足りなくなるわけです。一方、集合研修に参加することは負担感が大きいので、参加率も低くなる。PTAの保護者向け研修などで「本当に聴いてほしい人が集まらない」という悩みが聞かれるのは、ある程度仕方ないことなんです。

この構図は子どものインターネット問題についても同じです。そこで「大人が支える!インターネットセーフティの推進」では、先ほどご紹介した三つの働きかけを組み合わせることにしました。

 

まず、子どもたちのインターネット利用が今どうなっているのか、興味をお持ちの方向けに、分かりやすく要点をご紹介する役割は「県庁出前講座」が果たしています。90分程度の単発の研修会です。

さらに意欲のある方には、計8時間の「地域サポーター養成講座」をご用意して、問題の背景や対処の仕方についてもしっかりと学んでいただく。

研修会までは参加が難しいという多くの方には、メールマガジンなどで学校から広く情報を提供して、ご自宅にいながらにして、要点だけはつかんでもらおうという試みですね。

 

県レベルの取り組みでここまでの手間をかけている例は少ないように思います。

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図:子どもネット研の指摘する三層構造

【森川】確かに手間はかかります。しかし、子どものインターネット問題は我々の生活に深く、広く関わっていますので、このくらい丁寧に進めることが必要だと考えています。

また、協働先の一つである子どもネット研さん自身も、2010年の第三期活動報告書で、保護者を対象とした教育啓発のあり方について提言をしていますよね。そこには三層構造の対象者に、それぞれ異なる方法での働きかけが必要であることが書かれていました。たまたま入手できたその報告書を読み込んで、我が意を得たりと思ったわけです。

 

また、手間をかけてじっくりと学んでいただくことで、教育啓発の効果が長続きするという点も見逃せないと考えています。みなさんよく言われるように、インターネットは日進月歩の世界です。人気のあるサービスや機器は移り変わりますし、そこで起きるトラブルなども一年もすると全く違う様相を見せているように思えます。でも、実際には問題の根底にある構造などにはそれほど大きな変化はありません。そこまで正しく理解されている方を少しずつでも増やしていけば、地域全体の底上げにつながるという考え方です。

 

他の自治体の担当者であれば一番気になるであろう、予算面の手当てについても教えてください。

メルマWEB

図:PRキャラクター「うまホ」

【森川】県庁出前講座については、講座の回数が増えた分だけ、担当する職員の旅費の出費も増えています。また、インターネットセーフティ推進委員会の運営については、委員のみなさんへの謝金や交通費のお支払いなどで、新たに予算をつけてもらっています。また幸いなことに、地域サポーター養成講座については、平成25年度からヤフー株式会社に、また平成26年度からは新たに株式会社ミクシィにも協賛企業になっていただいており、講師旅費などの一切を賄っています。ここは、全国で初めての全県的な試みという本事業の特徴を評価してもらったと考えています。

「大人が支える…」のPRキャラクター「うまホ」も県内公募を元に制作しましたが、こちらの関連費用は県庁内の他の部署の協力を得て実現したものです。冒頭にご説明したインターネットセーフティ推進委員会で事業の意義について共有できていたことが大きいと思います。

 

事業開始から2年間が過ぎた現時点での手応えはどのようなものでしょうか

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写真:文部科学省イベントでの事例紹介の様子

【森川】ゆっくりとではありますが、この取り組みの意義が浸透し始めていると感じています。まず県庁出前講座は、開催のご要望が年々増えています。地域サポーター養成講座についても、他の地域での開催の評判を聞いて、自分のところでも開催したいという声が上がるようになっています。そもそも「一部の保護者に少し詳しくなってもらう」ことで、「地域全体の底上げを図ろう」というのは珍しい試みだと思うのですが、初年度から結果が数字にも表れています。

他県から視察に来られるケースもありますし、先日は文部科学省主催の家庭教育フォーラムでも事例発表を求められる状況にもなっています。

 

何より最大の手応えは、この問題の解決のためには、単発のイベントや研修会の開催で終わりにするのではなく、「継続的な取り組みが必要」かつ「その方が効果が出そう」という実感が、モデル開催にご協力いただいた県内各地域の自治体やPTA関係者に見られるようになったことだと考えています。こうした前例の無い取り組みを受け入れてもらうには、実践を地道に続ける時間が必要だと感じています。

 

平成27年の4月からは、いよいよ最終年度を迎えるわけですが、今後の取り組みの課題はどのあたりにあるとお考えでしょうか?

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写真:フォローアップ講座でのグループワーク

【森川】「持続可能な取り組み」にすることが、初年度の推進委員会の時点で既に議論になっています。保護者が押さえておくべき「インターネットの特性」自体には大きな変化は無いとはいえ、保護者が直面している課題の見え方は年々変わり続けます。教育啓発の場面ではそれを汲んだ伝え方をしていかなければなりません。子どもネット研のような専門家会議による支援を受け続けることが、最新の状況を反映させ、効果的な教育啓発コンテンツを維持するためには欠かせません。

また、平成25年度開催の地域サポーター養成講座の受講者向けには、今年度、経済産業省の事業を利用することで、フォローアップ講座を開催することができました。こうした働きかけを来年度以降、どのように継続すべきかが課題です。

 

さらに、この3年間の「地域サポーター養成講座」では実証事業ということで、県外から講師として高橋さんに来てもらっていました。より多くの会場できめ細かく連続講座を開くためには、県内に講師を養成する必要があります。取り組みの体制自体も、市町村が主体的に企画運営し、県はそれを後方から支援するという役割分担に移行していくことが理想です。

 

 

研修会の講師養成は官民を問わず難しい課題です。

森川先生D

【森川】保護者向けの研修会講師には、インターネットについての正確な知識はもちろんですが、大人向けの伝え方についてもそれなりの経験が求められるものと考えています。また、教員向けの情報モラル指導のための材料は整備されつつありますが、子どものインターネット利用問題に特化した一般保護者向けの指導法や知識体系のようなものはまだ提供されていないと思います。われわれ、県庁出前講座を担当している職員は、社会教育主事として大人向けに伝えることには慣れているのですが、インターネットの仕組みや最新の状況についてどこまで勉強すべきなのか、目安を示してもらえるととても有り難い。信頼できる内容で、我々のような自治体でも使いやすい全国共通の仕組みが登場することに期待しています。

 

—子どもネット研でも無償教材と合わせて簡単な指導資料をご提供してきましたが、今後はさらに踏み込んだ対応が必要ということですね。本日はありがとうございました。

 

以上、県教育委員会の担当者インタビューでした。県の関係部署を集めた課題と進捗共有の場を作るところから始め、民間の専門性を最大限に活用することで自らはコーディネータ役や進捗管理に集中するという割り切り方は、子どもネット研の第三期報告書での提言内容をそのまま実現していただいているようで、事務局としてもとても嬉しくお話をお聞きすることができました。

次回は「都合4回、合計8時間もの長丁場に参加する地域サポーター養成講座の受講者ってどんな人?」という素朴な疑問に応えるインタビューをお届けします。

 

 

 

 

 

 

 

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