2016年5月 – 自治体(広島市)での採用事例

自治体(広島市)での採用事例

青少年のインターネット問題の解決の鍵を握る、保護者に対する教育啓発。しかし、伝えるための場づくりから始めなければいけない難しさなどから、その取り組みは児童生徒向けの教育よりも大きく遅れています。

その状況を覆すべく、地域内で研修講師を養成し派遣することで、主に保護者の学習機会を充実させる事業に、2008年(平成20年)からいち早く取り組み、着々と活動内容を充実させているのが広島市です。また、その推進にあたっては子どもネット研の調査研究成果や提言も役立ったといいます。

保護者向け教育啓発活動の活発化に苦戦する地域との違いがどこにあるのか、当事者である広島市電子メディア協議会と広島市教育委員会のみなさんに聞きました。

 

(聞き手:高橋大洋、撮影:佐川英美 いずれも子どもネット研事務局)

※所属・役職は本インタビューを実施した2015年5月時点のものです。

 

地域のボランティア保護者が支える出前講座を毎年1万人以上が受講

笹川さんA

広島市電子メディア協議会 副会長 笹川進吾さん

広島市の保護者向け教育啓発の実働を担っているのが、広島市電子メディア協議会です。2008年に施行された「青少年と電子メディアとの健全な関係づくりに関する条例」に示された市民への啓発活動などを担うために、同年から市の教育委員会による養成が始まった電子メディア・インストラクターによって構成される団体です。

 

「平成26年度はケータイ出前講座を77回開催しました。受講者数で10,227人です。他にもネット上での見守り活動、保護者などからの相談を受けて専門機関等への橋渡しなどを担っています。」「地元での実例を知っている、身近なトラブルを共有できる講師が出前講座に派遣されることで、たとえ同じテーマを扱っていても受講者の納得感が全く違ってきます。」(広島市電子メディア協議会副会長の笹川さん)

 

 

冨永さんA

広島市教育委員会青少年育成部育成課 主幹 冨永真也さん

「ケータイ出前講座については、一度呼んでくれた学校などから、内容が良かったので新年度もまた来てほしいというリピートオーダーは多いですね。最近では市外や県外からの派遣依頼もあります。本来は市内のみ対象の事業ではありますので、交通費実費などを負担いただくことにはなりますが、可能な範囲で対応しています。」(広島市教育委員会青少年育成部育成課 主幹の冨永さん)

 

 

重要なのは教え手の多様性と本気

広島市電子メディア・インストラクター 古本和代さん

初年度11名でスタートした認定インストラクターは、その後も毎年開催される養成講座で順調に増え続け、現在では100名を超える会員が活動中です。

「相談できる少し詳しい人が身近にいるということが大切です。市内の全64中学校区それぞれに一人以上のインストラクターが住んでいるという状態を当面の目標と考えています。現時点では41学区=64.1%をカバーするところまで達しています。」「このうち、正式な出前講座の講師として登壇しているのはだいたい20-30名程度ですが、パソコンを使ったプレゼンテーション以外にも貢献の仕方があると考えています。最初は座談会的に、周囲の保護者数名との車座での講座のレベルで構わないのです。また、自分では登壇しなくても、コーディネータとしてその地域の状況に合わせた講座を企画してくれることも立派な活動です。」「啓発内容もずいぶん変化しています。発足当初は危険性の認知に重点を置いていましたが、いまでは賢く使わせることも子育ての一環として、保護者の想いを保護者に伝えることを基本と考えています。そのためにも各インストラクターの個性を活かせるような配慮が欠かせません。」(笹川さん)

 

発足当初は市のPTA協議会の役員経験者などが中心だったインストラクターですが、最近では教員経験者をはじめ、さまざまな経験を持つ地域の人材が加わり、それぞれが得意とする寸劇や紙芝居スタイルを持ち込むなど教育啓発の手法を多様化させているといいます。

「PTAや青少年健全育成連絡協議会の立場から、地域で子どもたち向けの啓発活動を長く続けていました。そこでは万引きやいじめ、自殺などがテーマでした。」「ネットの問題はこれまでのテーマと比べて変化がかなり早いなど、正直なところ自信があるわけではないです。」「苦手なパソコンとかプレゼンテーションについては得意な人に分担をお願いしたり、進め方はやり方次第なのかなと。」「何より大切なのは親の本気を先に見せていくということ。それは必ず子どもにも伝わるし、学校の先生も動いてくれます。」(電子メディア・インストラクターの古本さん、深田さん)

 

 

広島市電子メディア・インストラクター 深田幸夫さん

「ネットの話は子育ての中の数ある課題の一つでしかないのだから、元々その分野で活動してきた地域の人材に、それぞれの得意なことを活かした形で参加してもらうことが大切です。この活動に使える時間も、立場や状況によってさまざまです。保護者の知りたいというニーズも多種多様です。それらに確実に応えながら、どうすれば地域に根付いた活動を持続できるのかに腐心しています。一方通行の講演スタイルではダメで、『コーチング』や『しゃべり場』など人と人がふれあいながら学べるような新しい手法をもっと充実させていきたい。」(笹川さん)

 

 

 

 

 

教え手を支える巧みな官民協働

広島市教育委員会青少年育成部育成課 常本淳子さん

こうした多様性を重視する一方で、最新の状況の変化への目配りや、インストラクターの資質向上にも手を抜かないのが広島市の強みの一つと言えるでしょう。

「インストラクターを対象としたスキルアップ研修をほぼ毎月のように開催しています。東京などから来てもらった子どもネット研の方々をはじめインターネット関連事業者から、先端的な話を聞くこともありますし、プレゼンテーションソフトを使った啓発コンテンツの作成方法についてインストラクター同士で教え合う回もあります。」(笹川さん)

 

他の地域では、自治体主催のいわゆる「養成講座」を経て出前講座の研修講師となったものの、その後の知識更新や地域内外の研修講師の間での交流の機会などが得られずに、自身の活動の進め方に限界を感じられる方や、今ひとつ自信が持てないと言われる方も少なくありません。

そのような課題を解決するための柔軟な運営が、ここ広島市では実現できている要因として、行政と民間の協働のあり方が大きく影響しているように見えます。

「広島市教育委員会として、電子メディア協議会との契約を毎年結んでいます。出前講座の講師派遣などについて年間100万円弱の予算です。この他に、インストラクター養成に毎年35万円前後の予算をとっています。」(冨永さん)

 

ここで面白いのはよく見られるいわゆる「お任せ」タイプの委託事業として手を離してしまうのではなく、教育啓発に関わる事務作業の多くを市教委側が担っているところでしょう。

「協議会には事務所も無いですし、専任担当者がいるわけでもありませんので、事務局として、出前講座自体の告知や個別申し込みの受け付け、研修会の会場手配や資料の印刷などの作業は我々が担っています。」(冨永さん)

「各種のチラシを学校や市の関連施設に届けるなど、市教委側が下支えしてくれることにはいつも感謝しています。それ無しでは、他に仕事を持つ者が多い我々協議会メンバーだけではとても活動は続けられない。」(笹川さん)

 

その反面、啓発コンテンツの作成や更新については、市教委側はタッチせずに、電子メディア協議会側が一手に引き受けています。定期的な異動が避けられない市の職員は、経験分野やネットの問題についての経験値や理解度もさまざまな上、そこから短期間で専門性を高めることは難しいという判断からです。

「教育委員会の側からは、啓発コンテンツの内容に細かく口出しをしたりはしていません。もともと電子メディア協議会は、教育や青少年育成に長年関わっているメンバーで構成されています。ネットに多少詳しいことよりも、そうした子どもたちへの思いがある人がスキルを身につけていくことの方が優先されるべきと考えています。」(冨永さん)

「協議会の運営のあり方について、発足当初からの信頼関係があります。市と協議会が対等な立場に立ち、それぞれの強みを活かしてうまく役割分担できていると思います。」(同 育成課の常本さん)

 

 

内外の関係者とのつながりを活かしてさらに高いレベルを

こうした市教委からの信任を受け止める立場となる協議会側では、さらに高いレベルを目指しています。

「現状でも、インストラクター間での相互確認は確実に実施するようにしていますが、われわれは独立した団体ではないので、自分たちだけで納得すれば良いわけではありません。広島市からの委託事業を実行するチームとして、自分たちで作ったコンテンツや講座などで提供する情報について、将来的にはキチンとした裏付けとか第三者認証的なものが必要と考えています。たとえば市内・県内・近隣地域の大学関係者など、専門家からの支援を受けられる仕組みを作り上げたいと考えています。」「子どもネット研の調査研究結果や提言も、協議会の活動方針や教育啓発コンテンツの参考にしています。『段階的利用モデル』や『地域密着型教育啓発手法』などはモヤモヤとしていたわれわれの頭の中を、分かりやすい言葉でうまく整理してくれたと思っています。」(笹川さん)

 

広島市で2015年2月に始まった「10オフ運動」(午後9時以降は送信しない。遅くとも10時までには電源を切る。などの取組)の方針策定、内容検討、周知にもこれまでの活動の知見や官民協働での取り組み経験が生かされているといいます。

「10オフ運動の発案自体は市のPTA協議会でした。その後、市内の関係者が集まった会議体で具体的な検討を進めました。教育委員会と校長会、PTA協議会に加え、電子メディア協議会にも参加してもらっています。その事務局はわれわれ市教委が務めました。」(冨永さん)

「長時間利用の問題については『(決まった時間以降はスマホを保護者が)預かる』などの進め方や呼びかけ方をする地域もあるようですが、それではその子のネットとの関わり方は『他律』的なままですよね。本来は『自制』できる力を身につけることが目標のはずです。そのニュアンスを表すように周知チラシの表現などにも気を遣いました。」(笹川さん)

 

今後の取り組みの課題

他の地域での保護者啓発と比べるとある意味順風満帆に見える広島市の取り組みですが、当事者には明るい希望とともに、いくつもの課題も見えているようです。

「広島市にとっては、もはや電子メディア協議会なしでの教育啓発の展開は考えにくいところです。これからも上手な協働や役割分担を続けていきたい。今後もケータイ出前講座の開催数は増やしていきたいですが、それを支える教え手は黙っていて急に増えるものではありません。協議会の中に、もっと若い世代を増やしていくための方策なども考えていきたいですね。」(冨永さん)

「ネットへのデビューの低年齢化が急速に進んでいる中、乳幼児や未就学児のお子さんを持つ保護者向けの講座展開が必要になっています。中高生の自発的な学習を支えられる次世代の教え手づくりや、県内他市町の支援や連携、学校などからの出前講座の申し込みを待つだけでなくこちらから目的別の開催を提案することなども視野に入れていきたいと考えています。その意味で、行政の側のより包括的な政策づくりにも期待しています。」(笹川さん)

 

 

小中学生やその保護者向けの働きかけが重要視されることなどから、これまで都道府県レベルでの取り組みが主となっていた青少年インターネット問題に関わる教育啓発は、市町村レベルでの、より地に足の着いた取り組みが期待されるようになっています。

今回ご紹介した広島市は、約120万人もの人口を持つ政令市として規模が大きな自治体ではありますが、ここまできめ細かな施策を推進できている鍵として、どちらにも寄りかかることなく、それぞれの強みを活かし、地域外との交流も欠かさないという官民の上手な協働があるように感じられました。

 

子どもネット研では今後も保護者支援に役立つ調査研究や教育啓発カリキュラムの提供などを通じて、こうした地域ごとの取り組みを支援していきます。

 

 

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