2019年7月 – 自治体(秋田県教育委員会)の実践取り組みの広がり

自治体(秋田県教育委員会)の実践取り組みの広がり

子どもたちのインターネット利用には、さまざまな課題があります。子どもたち自身が、適切な知識や判断力を身につけることが大切なのはもちろんですが、子どもの利用環境を整え、必要に応じてサポートすることが、各家庭に強く期待されています。

 

そうした中、秋田県が展開する、保護者や教員などを対象にした教育啓発事業(事業名:大人が支える!インターネットセーフティの推進/主管:教育庁生涯学習課)が、全国各地から広く注目を集めています。

 

たとえば、全ての人に等しくアプローチし、広く浅く情報提供するのではなく、「少し詳しい」大人を確実に地域内に増やすために、意欲の高い受講者に、やや負荷の高い学習機会(計8時間に及ぶ「地域サポーター養成講座」)を提供するという点には、すぐれた発想の転換が見られます。また、上記講座の修了者などを対象に、地域内での学習の場づくりを担う「指導者」の養成講座・認定試験を追加提供しているのも、特筆すべき点です。

 

いずれも、わたしたち子どもネット研がかつて2011年度(第3期)の活動報告書にて提唱した内容を、県という大きな単位として実践しているわけで、相当に意欲的かつ先進的な取り組みです。

 

子どもネット研は、同事業の初年度(2013年度)から、パートナーとしてその実践に参加しています。また、2016年度からは、提携団体である一般社団法人セーファーインターネット協会(SIA)が、同事業内容の一部を受託し、指導者養成講座や認定試験も運営しています。

 

今回は、そうした秋田県の取り組みで誕生した認定指導者(SIA認定ネットセーフティ・インストラクター)のお一人、井川義務教育学校 養護教諭の柏木明香さんに、活動の様子についてお話を聞きました。

(聞き手:高橋大洋/子どもネット研事務局)

※記事中の所属や肩書などは2019年5月時点のものです。

 

学校の概要や養護教諭から見た子どもたちの状況について教えてください。

柏木明香さん

井川義務教育学校 養護教諭 柏木明香さん

【柏木】秋田県のほぼ中央に位置している井川町は、人口5千人足らず、世帯数で1800ほどの比較的小さな自治体です。現在わたしが勤務している井川義務教育学校は、その町内に一つだけの学校です。秋田県内初の小中一貫教育を行う学校として、2018年に設立されたばかりです。児童生徒の数は、1年生から9年生までの全校合わせて250人ほどです。

 

わたしの知る限り、ニンテンドーのゲーム機で友だち同士のオンライン対戦などしている子は、小学生段階でも珍しくありません。また一部には、動画の長時間視聴などで生活リズムを崩している子どもも見られる状況です。

指導者養成講座や認定試験について、どんな感想をお持ちでしょうか?

【柏木】2017年12月に秋田市内で開催された講座と試験に参加しました。インターネットセーフティについては、それまでも研修などで学ぶ機会はありましたが、わざわざおカネを払ってまで、集中的に勉強したことはありませんでした。

 

もちろん、学校で働くものとして、ネット利用に関わる子どもの現実や問題状況は普段から目にしていましたが、その知識は断片的で、全体像が整理できていたかというと嘘になります。

 

それが、朝から夕方まで実質丸一日という、実務的かつ網羅的な内容の講座を受講したことで、問題の表面的な部分だけでなく、背景・構造など、対応にあたっての着眼点や優先度の付け方まで、バランスよく知ることが出来ました。

 

普段経験が無い、他の受講者の前でのプレゼンテーションの様子をビデオで撮影されるなど、緊張する場面もありました。全体として、座学だけでは終わらず、他の参加者との意見交換・ワークショップなどが配置された、双方向的な運営だったので、とても良い刺激、経験となりました。

 

一応、指導者養成講座というタイトルではあったのですが、自分で講師役を務めるという関わり方だけでなく、学習の場づくりのコーディネーション機能や、ファシリテーション機能を地域の中で果たすことでも、十分に価値があるのだと講座の中で聞いて、肩の荷が少しおりた気がしましたね。

 

認定指導者になってからも、取りかかり方に迷う方は少なくありません。地域での活動を始めるにあたって、悩みや苦労はありませんでしたか?

【柏木】わたしの場合、それほど悩みませんでした。実は、何をしようかというイメージだけは、養成講座受講の時点でもう決めていて、講座の中でもみなさんに発表をする機会がありました。その宣言どおりに実現できた感じです。

 

とにかく、無理をせず、自分の学校での職務分担的に一番自然なことを選びました。ここ、井川町ではその時点ではまだ、県の地域サポーター養成講座はまだ開催されていなかったのですが、県の取り組みそのものは平成25年度から続いているものです。「ネットの危ないところを取り除くことに集中するのではなく、活用できるようになる第一歩として安全な利用を身につける」という、その考え方自体はこちらにも伝わってきていました。その意味で、わたしの提案した活動について、学校長を含めた校内の理解は得やすかったと思います。

 

それに、ネットセーフティのためだけに、新しいイベントを起こしたわけでもないので、それ自体、苦労らしい苦労はありませんでした。

 

具体的にはどのような取り組みだったのでしょうか?

学校保健委員会での講話の様子

学校保健委員会での講話の様子(提供:井川義務教育学校)

【柏木】井川町には、子どもの健康に関わる行政担当者、学校医、園や学校職員、園と学校の保護者で構成される、学校保健委員会が設置されています。年に数回、報告や研修の場として定例開催されています。睡眠不足や身体を使う外遊びとのバランスの問題など、情報機器利用やネット利用が子どもたちの健康に与える影響は大きいので、課題の把握や家庭での対処のあり方について、この場を利用して、地域の関係者の理解度向上とベクトル合わせを行いたいと思いました。

 

校長先生などとも相談して、2018年7月6日金曜日の学校保健委員会を利用することに決めました。会場は学校の食堂で、学校保健委員会全体では16時から17時半の1時間半という時間設定です。

 

ただし前半に、定期健康診断の結果分析の共有報告も行いましたので、「大人が支える!インターネットセーフティ」と題した講話のパートは60分間程度に収める必要がありました。当日の参加者は計37名でした。

 

講話のパートはどなたが担当されたのでしょうか?

学校保健委員会での講話スライド例

学校保健委員会での講話スライド例(提供:井川義務教育学校)

【柏木】認定指導者資格はありましたが、初回ということもあり、わたし自身が話すのではなく、県の生涯学習センターから講師に来てもらいました。
秋田県には「県庁出前講座」という仕組みがあります。県の色々な部署の担当者が、専門的な講座を無償で行ってくれるというものです。今回もその仕組みを利用したので、講師派遣に関わる費用は特にかかっていません。

 

当日は県で作った保護者向けの啓発リーフレットを人数分持ってきてくれました。講話に使うノートパソコンも講師の持ち込みだったので、こちらで用意したのは投影設備とマイクくらいでしたね。

 

「こんなことを話してほしい」というような、講師の方との事前の調整についても、根っこのところで、インターネットセーフティの考え方が共有できているので、いちいち細かなニュアンスを説明する必要はありませんでした。お互い、調整は進めやすかったと思います。

 

認定インストラクターだからご自身で話されるという選択肢もあったのでは?

【柏木】はい(笑)。もちろんわたしが話をしてしまってもよかったのでしょうが、開催にあたっては、関係者にねらいをうまく伝えて、みんなが参加しやすい形や内容、タイミングにする、告知のあり方など、事前のコーディネーションには、それなりに手間がかかります。

 

また、学校保健委員会が終わったあとのフォローアップはもっと重要。地域に根ざして日々活動しているからこそ出来る部分が大きいので、わたしはそこに注力しようと思いました。

 

何より、ふだんから自分が周囲に伝えていることを、改めて外部から来た講師が話してくれるという役割分担があった方が、より説得力が上がって効果的になるのではと考えました。

 

実際に取り組んでみての反応はどうだったでしょうか?

【柏木】受講者からは好評だったと思います。自分の家庭やお子さんについての具体的な質問をされたお父さんもおられましたし、講座の終了後、講師に個別に質問する保護者さんもいましたね。やはり、この問題について、みなさん漠然と不安は抱えているけれど、活用と安全についてバランスのとれた情報に接する機会はなかなか無いのだろうなと思いました。

 

反省点として挙がるのは、講話についての受講者アンケートを実施しなかったことです。こちらとしては、おおむねうまくいったなという感触はあるのですが、やはり定量的なフィードバックを集める仕組みがあったほうが、今後の展開を考える上では、なお良かっただろうと思っています。

 

学校でのその他の取り組みや養護教諭の役割についても教えてください。

【柏木】もちろん学校としては、児童生徒向けの働きかけは、いわゆる生徒指導の一環として、昔から行われています。携帯電話事業者さんや、警察署との連携で、外部講師による安全教室を定例開催するなどですね。

 

その後、県の保護者向け講座(地域サポーター養成講座)も、井川町で開催されましたので、そちらに参加された保護者や教員もいたと思います。
また、ネット利用に限った話ではありませんし、この学校だけの話でもないですが、他の先生や保護者にも言えないようなことを、養護教諭にだけは心を開いて教えてくれる児童生徒が一定数いるのは事実です。

 

なので、養護教諭としての日常業務の中でも、そうした彼らの日常をなるべくきめ細かく聴き取っていきたいです。ネットのこと、情報機器のことについても、子どもたちが好きなもの、好きな理由などは、大人にはなかなか見えにくいことなので、うまく整理して、必要に応じて共有していきたいと思っていますね。

 

今後の取り組みは何か具体的になっていますか?

【柏木】はい、2019年度も学校保健委員会ではネット利用の問題について継続的に取り組む予定です。時期的には7月中旬なので、まもなく開催案内を出すところです。

 

ただし今度は、外部から講師を呼ばずに、自分で進行してみようと思っています。
ずっと話し続けることに慣れているわけでもないですし、学習の効果という面でも望ましくないので、今回は座学スタイルではなく、参加者同士で話をする「熟議」のスタイルをメインで企画しています。熟議のテーマは「メディア利用のルール お家で決めていますか?」というものです。

 

昨年7月の講話で、子どもとネットの問題についての総論が理解出来ている人が多いので、今年はそこからさらに踏み込んで、具体的に、家庭での取り組みに役立つものにしたいなと。

 

ホントはここがスタートでも良かったですよね。でも学校保健委員会の枠の中で、いきなりこれを実現するのは難しかったと思います。使える時間も限られていますので、昨年度の取り組みからの継続だから出来る内容だと考えています。まずはそれをやってみて、また次に必要なステップを考えていければいいなという感じでいます。

 

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